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整理中に付き完成の文面ではありません。地名や時期の錯誤も後日修正するつもりで、
記憶から消えていく前に関連と連鎖での記憶回復出きる最後の年齢に達した思いで呼び起こしています。
キーボードの打ち間違いや、誤字脱字を気にしていたら、記憶の呼び起こしが途切れますので、
まずは草稿期間で書き下ろしとして、機会ある毎に原稿を起こす状態です。

これはあくまでも、私本人の執筆であり、教訓回顧の整理で有ります。
インターネットでは公開されている状態で、覗き見はやむなしですから、
運悪くこのページに到達された方は、お静かにお読みください。


親父の話から 白豚・黒豚 Book (シオミパイヤの苦闘)
サハラ南縁 かみおんゆ たかしの死
白馬の騎士 アラビヤのローレンス
サハラを越えて アルジェリアへ向かう道すがら
なんじゃこれ 砂漠の奇跡
サハラの恐怖 冬から夏へ(山を運ぶ砂嵐)
世界を歩く言葉 関西弁は世界に通じる
遊牧民の親切 共に生きる分かち合い

     


















記述を進めるたびに、先に先にと各地のエピソードや教訓、地名が復活してきて、思い出しては消えてしまいます。
消えると、今後出てくること無く消えてしまう可能性があるような気がします。
そこで急遽下記に、思い出した短編のフレーズだけその場で書きとめ、思い出すキーワードとする事にしました


ガーナ ラゴス ミニスターオブエデュケーションホステル 
ニラゴンゴ キリマンジャロ マウントカメルーン 赤道3山
ハッシシ 大麻 輪になって 重くなる

密林 大雨 漆黒の闇 水の中で寝る

砂漠の中の石器群 木の化石  ココは昔緑の豊な台地に違いない 砂漠化   砂漠の中に忽然と現れた原子力マーク、検閲を受ける
昔核実験をしたエリアのようだ。

イシオロ 密林象の密猟村で、象牙小屋を見せてもらう。
ペンベ ヤ ピガ     

エチオピアのパン  酸い気泡のあるチャパティのようなパンと 辛い肉で 七倒八倒2日間 これ以後辛さに対して問題ない体質に

エチオピアでの大転倒で前車輪とフォークがグニャグニャに 泥につまずいて(乾けばカチカチ)

樹からできるお酒   ポンベヤ ガジ  とうもろこしから ポンベヤ モト

助平な話は世界共通、国境突破は

マタビシ カド スブニール

ナショナルパーク スケベーナ話で突破  ツェツェ蝿  手の皮と足の裏の皮がむける奇病  身体に卵を植えつかられる

ウガンダ空軍空襲でマガザンの壁が蜂の巣の村に遭遇  タンザニア兵に銃を向けられ追い立てられる。

エチオピア生きた牛が美味しそうに見える。レバーを買う  

タンザニアの牛の解体、フィレを買ったら人気がなかったので安かった

チーターやダチョウ キリン や象の中で   ライオンのいる原っぱでテントを張る

ケニヤ側からキリマンジャロを目指す

タンザニア僻地国境前のお金調整で小銭がなくなり、食料が買えない。テラピアの丸揚げが最後の食事。骨までしゃぶって
餓えをしのぐ。日干し煉瓦は簡単に作れる

ザイールの村、村長は私を歓迎してくれる。
村人が集まって儀式。村長への接見は、日本の大昔のスタイル、尊重の間にはすだれが下ろされ、すだれ越しの接見


休憩すると、村中から子供たちが珍しそうに集まってくる。
大人が棒を持って子供たちを追っ払いながら、私に関心が集中する。
従って、盗難などの問題が起こらない。


ザンビアで国外退去  あなたは入国した事実はありません 1ヶ月のトランジットビザ 失敗はビクトリアホールを見に行くと言ったことから

歴史上の故郷は民族の国境ではない、1国に民族や部族を数えると、4〜500位の部族に分かれるとのこと

イボ族の虐殺  帰国後ザイールの崩壊とそのときに多くの白人が殺された。私が会った教会も、事業をしているベルギー人も
皆殺しにあった様だ。

ザイール 地獄の穴拭き 葉っぱに細かな毛が 肛門と肛門付近に刺さって、自転車に乗れない。

ラゴスに向かう早朝、日本車(サニートラック)がひっくり返っているのを見つける。
道端には男性の死体が・・・・。
そこに兵隊アリが駆けつけると段々群がり始めた。見る間に鼻がかじられなくなっていく。近寄る事が出来ない。


アイボリーコースとの首都アビジャンで初めて料理らしい料理(アジの)を食べる。涙が止まらない。泣く。
オートボルタ ワガドゥグのサラダは絶品 毎日サラダ補給に通う

兵役拒否と社会活動を引き換え
大学は出たけれど職が無いアメリカの実情でピースコー

アメリカが嫌いな理由は彼らも共感か同意

なぜアフリカを選んだのか

アフリカに出るまでの準備と想定トレーニング

特別な許可証が必要  村中の人が私を追いかける 止められてパスポートをさかさまに見る兵隊 どこにツーリストと書いてあるのか
水戸黄門の印籠 仕返しに荷物の中身を砂の上にばら撒く、ゴムのりの蓋を開け、ベアリングを砂の上に・・・・。

止めてもらった黒人の牧師は、小学校のような寺子屋3畳位の掘っ立て小屋。その教室で寝る。
牧師は娘がお腹の中に虫がいるので困っているが薬は無いかと言うので、私の携帯している中の虫下しをあげる。
翌日、虫の山が出たそうだ。

胴の直径が25センチ以上あるニシキヘビ(ボア)を住民が捕まえてきた。
さばくと蛇の子のような寄生虫が内臓から出てくる(サナダムシや回虫のような虫など。
蛇の体から離れた途端に、動かなくなってしまった。
腰の部分は兵隊さんへ献上(蛇にも腰がある)ここが一番美味しいらしい。ぶつ切りにする
キャッサバと肉を水炊きのように一緒に焚いて私にも持って来てくれた。
コロッと肉離れして淡白な白身の肉は、キャッサバとよく合って美味しい。

キャンピング車 全ての行程を1台の自転車で 予想された部品の消耗や修理は自分で  タイヤ・スポーク・ベアリング・ブレーキワイヤ
車体は東叡社 オーダーメイド 東京サイクリングセンターの板倉さん 

大学3年が終わり、卒業に必要な単位は全部取った。 すぐさま渡航の手続きとチケットを手に入れる。チケットの日付が出発の日になる逆算
羽田からエールフランス 南回り インド(ボンベイ)経由の東アフリカエアーライン?アディスアベバへ

ザイール・カメルーンで出会った女の立ちションベン  カメルーン私の方につかまって立ちションベン

キンシャサからフェリーで川を上る 決死の小船接岸 転覆して後方に流れて行く 船はそのまま走り続ける 泳げるのだろうか
 対岸の村から物売り舟がフェリーの速度を読んで接舷に挑んでくる。本当に決死の接舷、成功すると小躍り満面の表情で表現
1度だけ港のある村に接岸 白子を抱いたお母さんが群集に

キンシャサまでにビザは切れている。キサンガニ?は外人に対して2ヶ月は延長できるという話。
どちらにしても延長できなければ出て行くだけで問題ない気楽さ。 しかし、中央アフリカのビザが8日間というのが問題
ビザの問題は頭が痛い

ケニヤ スコールの後は、足首まで水が流れ、やがて乾いていく、動けばタイヤ1周の泥で自転車は進めなくなる。
立ち尽くす事が最良の策で
周りには休む場所は無い草原。
空は、まさにルーブル美術館で見た宗教画のように、天の雲の切れ間から射す日差しと黒雲の厳かな画面そのものであった。

国立公園を抜けるにも広大で、テントを張るわけだが、昼間居なかったのに、夜となると騒がしい。
カツカツと硬い東アフリカ特有の赤茶の固い土にキリンが音を立て、やがてテントの真上で止まる。地面をカツカツこちらの様子を
ジーット伺う、懐中電灯を上に向けると目が光、周りに数頭のキリンがテントの近くに背の高いアカシアの木の枝を食べている。
この足で蹴飛ばされたらテントは吹っ飛ぶどころでは無さそうだ。どうすることも出来ないことはあきらめればよいわけで肝を据えた。
やがて、もっと騒がしくなってきた。象が月を横切って見えた。キリンはそれを見て移動を開始すると、私の周りは象で一杯になった。
朝起きたら、周りは象の糞がいっぱい散らばり、アカシヤの木は引きちぎられたり折れたり象のやり放題となった。
硬い土の上に残る深いキリンのひづめ跡。大きなフンには、糞転がしが滑稽な恰好で象の糞を転がしていく。朝飯を作りながら、
飽く事のない時間であった。

タンザニアの草原を走っていると、足元に枯葉が舞い始め回り始めた。
やがて、赤茶色の柱が天に伸びて竜巻となって舞い上がり、走り回る。
いくて方向に、何本もあちらこちらに立ち昇り周りのものを巻き上げる。もう逃げる事が出来ないと判断して、近くにあったバオバブの木の根元に
自転車をロープでくくりつけて持って行かれないようにする。

ザイールで見たタタラ製法による銅の製煉

タンザニア セレンゲティーとアフリカ最古の人間の足跡の化石 シトロエン2CVのもぎ取り残骸 チーターが走る

森のバンブートンネルを抜けると歩く大型のチンパンジーは、二足歩行で人間に見えた、松明用の木の樹液。

中央アフリカ  雲の中を走る 雷が横に走る 象牙携帯が発覚

ザイール 完全重装備の装甲車ツーリスト 

ケニア モンパサニ向かう高速のように走る道路で、私の今走っている上をタンクローリー2結車が通過
ケニヤのインド人に自転車を引っ掛けられて事故に合う

ビザ(査証)の話    入国3ヶ月前   知っておきたい事は意外と隣の国とは仲が悪い 
情報を集めて一つ手前の国で取る 国境で取ることも頭に入れて  追い返されたら切れてしまうと
自転車は引き返せない ビザ切れ出国時であれば問題は無いが・・・。


鶏の関節(軟骨)

フランスボルドーからパリまでの耐久レースの体験 キャンピング車で走る。自分に課した最後の冒険 7月14日バリ蔡に凱旋門に着く挑戦
500km余りは丁度東京大阪間の距離 早く着きそうなので時間調整の余裕。1974年7月14日、夕暮れが迫る凱旋門に到着。
途中エッフェルの横を抜けて。これがパリの灯だ!!フランス国旗が凱旋門の中央に吊り下げられたなびき、永遠の火が揺らぐ。
私のためにパリは到着を祝福してくれているようだ!!。そう思って旅は終わりのクライマックスに相応しい。
フランス国民と私の記念すべき日は、永遠に忘れられない共有する大事な記念日となった


フランス水道の水で下痢 これまでどんな酷い水でも腹壊さなかったのに。パリで車が止まってスカウトに遭う。映画出演依頼
事務所には、俳優の登録名簿集、日本人には、三船敏郎と田宮次郎の写真が・・・・。

今は出来ないだろうが、フランスから日本へのエアローフロート チケットは他人の名前で期限切れの・・・・。
もし落ちたら、私の名前ではなく別人が死亡報道に・・・。



突然、言葉が頭の中から口を突いて出てくるので、とりあえず書き留めていこう、あやふやなものは、日が立つと徐々に突然
明らかな意味を持ち始める。

1 モジャ 2 ビリ 3 タツ 4 イネ 5 タノ 6 シタ? 7 サバ 8 ナネ? 9 ティサ? 10 クミ
マジ マジワ タンガウィジー チャパティ チャイ チャクラ ウガリ チャクラ ワリ ムヒンディ
ピリピリ カハワ ポンベ カリブ クラチャクラ ニヤマ クック ムホゴ
ワナウメ ワナワケ ムトト ムンツ ヨーテ ブワナ ムクーバー ムズング マラゲ
ウエウエ
シンバ チュウィ ニョカ ドボ テンボ ビルル カンカ
モーターガリ ピキピキ バスケリ ビテス バラバラ ニュンバ
サイデア キドーゴ ハバリ ヤ スブーイ
ウナ トカ ニニ フコー
クエンダ ワピ シカモ
ハバリ ガニ ムズーリ ササァ ムズーリ ダケニ ハタリ クエリ
ジャンボ サーナ ハタリ クエリ ハパーナ アッター
ラフィキ ヤング ヤコ ウナ ジュワ
ジナ ヤコ ニニ サーガッピ アーサンテサーナ シリンギガッピ
ジナ ヤケ ニニ サンガッピ クワヘリ シカモ ペサ ガッピ